NIKKAN No.2型メロ以前について

あるいはNIKKAN型非排他式(差替え式)転調システムの起源について


参考1:ウォーターキーの位置について(2005.5.17補足・修正)

 この画像からNo.2OのウォーターキーはEb管側についていることがわかります。これ以外のMP-1、MP-201。YMP-201はF管についています。

 Eb調の時のこの複雑なEb/F管の取り回しでは、唾はF管側ではなくEb管側に溜まります。F管にウォーターキーがあって有効なのは、F調に切り替えられている時です。

 つまり、MP-1以降のメロフォーンはF調を基本として設計されたと言うことです。

 これはつまりメロフォーンがHORNの代わりにF調で奏でられる前提にあったことの現れである可能性が高いです。

 由々しきことですが、後世、サプライヤー側もその意向に沿ってメロフォーンを製造していたということです。

 しかし! 現段階確認されている最古(現存)のNo.2Oは、Eb管にウォーターキーがある。これこそが重要です。

 そもそもメロフォーンはNIKKANの'37年カタログにあるよう、バンド用にHORN風デザインに丸められたアルトホルンということを支持します。メロフォーンの起源から考えてもこれはある意味正解です。

 いつ、どの段階でEb調メインからF調メインへシフトしたか? 今後の課題です。

 Hyper-Boo師所蔵 NIKKAN MP-1。

 管の取り回しがEb管になってますが、ウォーターキーは主管(F管)に。

 Hyper-Boo師所蔵 NIKKAN MP-201。

 管の取り回しはF管。ウォーターキーの痕跡がMP-1同様の場所に見られます。

 わたしのYAMAHA YMP-201(0038XX)も同様です。


2005.6.25(追加)

 NIKKAN-YAMAHA型のEb管取り回しを発見?

 C.G CONNのNo.404552。e-Bayの出物なので未承諾リンク、および画像無断拝借(^-^;)。

 リードパイプ側にEb巻きがあり、ウォーターキーはメインスライド(F管)に。

 NIKKAN-YAMAHAの悪い例のさらに前例かも知れません。

 ただ、NIKKAN-YAMAHAのような「入れ替え式」(非排他的)転調ではなくKAWAIやCONNメロフォニアム同様の排他的転調システムですね。

 ……ん? 待てよ? このEb管、ピストン側にもつけられませんか?

 あ? ……それが可能ならこの写真が単に入れ間違いってこと(^-^;)?

 ねこぷー工房長に問い合わせたところ、ねこぷー工房長のCONNでは主管の支柱が邪魔でリードパイプ側への装着は無理とのこと。ただ年式が違い支柱が変わってる可能性もあるとのことでした。

 ←ねこぷー工房長のCONNメロフォニアムはこんな感じで、Eb管がピストン側に装着されてます。

 これならウォーターキーが主管にあっても、Eb調・F調どちらでも機能します。

 謎ですが紹介だけしておきます(^-^;)。


参考2:NIKKAN No.45について

 そして、Hyper-Boo師のご厚意で直リンクの許可をいただいている「昭和初期のNIKKANのカタログ」にある国産最古と思しきNo.45は調性がEbのみでウォーターキー自体がありません。す。

 上位機種と思しきNo.46はその後のメロフォーン同様EbF転調(なんと豪華なロータリー式!)ですが画像がなく、ウォーターキーがどこに付いていたのか(あるいは付いていないのか)判断できません

 No.45以降のメロフォーン(No.46含む)の変遷が気になります。

 いつの時点でスライドの差し替えで転調するシステムになり、いつの時点でウォーターキーがついたか、それはどこか(Eb管かF管か)ったか?


2005.5.10(2005.5.17補足・修正)

 NIKKANが'37年に「新作した」というメロフォーンNo.45について、よく似たメロフォーンを発見。

 1922年製C.G.CONN社のものです。そっくりではないですか?

 最大の特徴・ピストンがベントしたデザインはCONNのものしか知りませんし。もしNIKKAN No.45がこのコピーだとすれば、ウォーターキーはメインスライドの真裏にあって、NIKKANカタログのアングルでは見えないだけです(↑修正しました)。絵ではなく現物を比較してみたいものです。

 それから、NIKKANが日本最古('37)のメロフォーンビルダーだと考えておりますが、そのスタートラインがこのようにアメリカ系メロフォーンだったというのも興味深いです。

 うめよん関西の大トトロさんから画像を提供いただきましたが、こちらの画像ではC.G.CONNのメロに良く似ているように思えたのですが、こうして見るとデザインが大きく異なってました。

 大トトロさんに聞きましたら「CONNではなくMartin」だそうです(^-^;)。失礼しました。

 マーチンについて(補足)

  創始者マーチンは1871年に火災(有名なシカゴ大火ではないそうです)でシカゴにあった最初の会社を失い、エルクハート(インディアナ州)に移り住んで C.G.CONN社で働いています。1902年に健康上の理由から引退した後に、1904、あるいは1906年に五人の息子たちが再建したのが現在知られ ている現行「マーチン」です。(と、言いましても買収やら経営統合やら紆余曲折を経て今やセルマー・ホルトンなどと一緒になってるそうです(^-^;))

 ←このメロフォンはエルクハートの刻印があるそうです。

 1922年製C.G.CONNのメロとの類似性を考える時、CONN社退社、マーチン創業から20年前後は経っていますので「C.G.CONN社に勤めていたから似ている」という理由はあまりに乱暴でしょう。

 1902年以前のCONN社のメロについて調べる必要がありますが、なかなか見つかりません。

 さらに調べてみましたが、CONNコピー(と思しき)No.45とNIKKAN No.2Oの隙間を埋めるデザインを見つけられません。

 昭和12年のCONNコピーから20年以上時を経て、ふいに現れる昭和30〜40年代メロデザインに、影響を与えた機種は果たして存在しないのでしょうか?

 特に、EbF転調の仕組みなどNIKKAN オリジナルなのでしょうか? メインスライド、またはリードパイプの「排他的交換式転調」はいろいろなメーカー・年代で見られますが、NIKKAN- YAMAHAの「非排他・組み合わせ式転調」はそのシンプルさと利便性の点では画期的だと思います。(窮屈なレイアウトが音の面でマイナスになっているか も知れない点は考慮していません)

 ピストン周りは「他機種のパーツ流用=デザインの選択肢無し」だとしても、リードパイプから第一ピストンに至る取り回し(EbF転調部含む)はNo.2O式にしろ、MP-1(MP-201・YMP-201)方式にしろ、0からのNIKKANオリジナルなのでしょうか? 最高のスペース効率はまさに国産の証でしょうか?

 そうだとすれば、これを編み出したデザイナーに拍手です。素晴らしい!

 ところで、話が戻りますが……昭和12年('37)といえば、まさに蘆溝橋事件から日中戦争、上海 大虐殺のあった濃い年。こんな年に「新作」された「ファッショナブルなバンド用楽器=メロフォーン」が戦中・戦後を通じて「本当に」流通・普及していたの か? 疑問だったりします。やがて敵となるアメリカの楽器=CONNメロをそのまま模倣し作製し続けられたのか?

 今後、実際No.45実物が見つかるか情報があるかしないと、ちょっと先には進めそうにありません(T-T)。


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